- 施餓鬼会とは
- 餓鬼道におちているいっさいの亡者の苦しみを救うために、法味(お経)や食物の施しをする法要のことです。
- 阿難尊者とお釈迦様の教え
- お釈迦様の弟子の阿難尊者が、静かな所で修行していると、真夜中に、体が骨と皮ばかりにやせほそり、口から焔をはいている非常に恐ろしい姿をした焔口(えんく)餓鬼が姿をあらわしました。そして「おまえは、あと3日の運命で、私語は餓鬼道におちて苦しむだろう。しかし、もしお前がこの餓鬼道に苦しむ無数の餓鬼に食物をほどこし、仏法僧(仏様、お経、僧侶のこと)の三宝を供養するならば、その功徳によって、私自身が餓鬼道の苦しみから解放されるとともに、お前の寿命も延び、悟りの道をさらにつづけることができるだろう」と教えました。
- しかし、無数の餓鬼に与えるだけの食物を集めることは大変なことで、阿難尊者はお釈迦様にこのことを相談しました。すると釈迦様は「これから教えるやり方で餓鬼たちに施しをすれば、全部の餓鬼たちに食物を与えることができるとともに、お前の寿命も延び、いっそうの福徳を授かるであろう」とお施餓鬼のつとめ方を教えられました。阿難尊者は、さっそく多くの人びとを招いて、大施餓鬼会を行い、あと3日しかなかった寿命を転じて、八十八歳まで長生きをし、多くの人びとにお釈迦様の教えを伝えることができたといいます。
- 極楽浄土と平和
- このお施餓鬼は二千年もすぎた現在でも伝えられ、お盆の前か後に、それぞれのお寺で営まれ、総じては三界万霊、有縁無縁一切の精霊に飲食を与え、別しては、新しく亡くなった方たちの冥福を祈っています。自分の心にかなったものだけを、あくことなく貪り求める欲望に覆われた世界は、生きながらの餓鬼界です。そのような欲望の絆を断ちきり、お施餓鬼の意味を体してお互いに助け合ったならば、苦の娑婆がそのままで極楽浄土となり、平和が訪れるでしょう。
- 自業自得の法則
- 有縁無縁をとわず、与え、施す、というお施餓鬼に参加して善行を重ねる功徳こそ、他を救いとともに、自分をたすける道なのです。父や母や先祖の霊をなぐさめてこそ、それを見ている子どもたちも、それを見習うのであり、やがては自分もそうしてもらえることになるのです。そればかりでなく、他を救い先祖を敬った功徳が、自業自得(自分の行った行為の報いは、必ず自分にもどってくる)という法則にのって、知らず知らずのうちに、数万倍となって、自分にもどってくるのです。